ニイハオ!今日から香港へ移動します。
香港へは15年くらい前に一度行ったことがあります。この旅で過去に行ったことがある場所を訪れるのは初めて。
世界一周や長期旅行では過去に行ったことがある場所は飛ばす人が多いと思いますが、僕は今まで行ったところも含めてなるべく繋げて回りたい。
かつての香港といえば、九龍城砦に代表されるような、サイバーパンクでちょっと怪しい魔窟めいたイメージがあります。しかし、返還を経てその怪しい魅力は徐々に浄化され、僕が行った2010年ごろの時点ではもう怪しさはなくエネルギッシュで自由な街って感じでした。
もともと香港では習近平の政敵である江沢民派が影響力を持っていましたが、17年には公安が江沢民派の重要人物を香港の高級ホテルから拉致したり(肖建華失踪事件)、20年にはデモ鎮圧を名目に国家安全維持法を施行し権力側の江沢民派を一掃したりと権力闘争が続いてきました。
結果としてかつての自由は消え失せ、高度に管理された監視都市へと変貌しています。
9/16 高速鉄道で香港へ
中国本土から香港への交通手段は以前はバスが主流でしたが、2018年に広深港高速鉄道が開通しています。
調べてみると、厦門からも直通列車が一日三本走っています。
まずは出発地の厦門駅へ。自分の電車を探すために電光掲示板を見上げると、厦門発の列車が意外に少ないことに気づきます。どうやら現在の鉄道の中心は郊外にある「厦門北駅」に移っており、ここ厦門駅発の列車は1時間に1本程度しかないようです。

予約したのは10:15発のG3003、運賃は一等で約1.1万円。
香港までは4時間強、14時半ごろに到着の予定です。列車は一昨日 南靖の土楼へ行った時と同じルートを進み、漳州あたりで分岐。
ずっと海近くを走るかと思いきや、山の間とか田んぼとか意外と風景に変化があります。
14時前に香港の一駅前である深圳北駅に到着。ここでしばらく謎の停車がありました。てっきり出国審査のための時間かと思っていましたがそうではないようです。
列車は折り返してこれまでと逆方向に進み、14時半ごろに香港西九龍駅へ到着しました。

中国からの出境と香港への入境は香港西九龍駅でまとめて行います。ホームを出て少し歩くと中国側の出国審査です。その後、中国側の税関と香港側の入域審査・税関を経て、無事香港に入境しました。
25年9月現在、日本人はノービザで90日以内の滞在が可能です。中国からは一度出境となるため、中国へ再入境する際は中国側のノービザ期間もリセットされます。

香港に到着
ホテルは海を渡って香港島のほうに予約しています。香港ではDiDiは使えませんが、代わりにUberが使えます。
駅のタクシースポットからUberを呼びます。運賃は5kmほどで91香港ドル(約1700円)と高く、先進国へきた感じがします。うち25香港ドルは海底トンネルの通行料です。
ホテルに荷物を置いて昼食へ。外の気温は30度ほどで、35度あった厦門に比べるとだいぶ涼しく感じます。
通りに並ぶ漢方の露店とか室外機から滴る水滴、竹で組んだ足場とか香港ぽい。


まだ福建での体調不良で胃腸の調子が万全ではないので、消化に良さそうなものにします。「全豊粥店」という店でアワビのお粥を注文。42香港ドル(約800円)。

とろとろのお粥にはアワビがたくさん入っていて、塩気と生姜の風味が絶妙に効いています。弱った体に染み渡る美味しさでした。
泊まっているホテルは「ラマダ香港ハーバービュー」で一泊約1.1万円。部屋は香港らしくコンパクトで古びていますが、この料金は香港だと激安レベルです。

ホテルの屋上38階にプールと展望台があるということで、夜に屋上へ。ビクトリア湾を見渡せて綺麗ですが、背後からはもっと高い高層ビルに睨まれている感じ。



9/17 香港を観光
今日は香港を観光します。
僕らの世代にとって、香港といえばテレビ番組『電波少年』で有吉弘行さんたち(猿岩石)がユーラシア大陸横断ヒッチハイクの旅をスタートさせた聖地。
また、そのオマージュ元である作家・沢木耕太郎さんの『深夜特急』の最初の訪問地でもあります。
スターフェリーで尖沙咀へ
朝食は生記粥麺というところでまたお粥を食べで、散歩しつつ埠頭の方へ。
この辺、外資系の会社が多いのか外国人ビジネスマンが目立ちます。


10時発のスターフェリーで九龍側へ。
香港ではAlipayは使えないため、代わりの交通ICであるOctopusを使います、
運賃は5香港ドル(約90円)。深夜特急の74年ごろは運賃10セント(6円)。当時と物価や実質賃金が違うので比較できませんが、今の1/3か1/4くらいの物価感でしょうか。

今の船は1956年就航の70年近い船体だそう。香港の歴史を感じつつ対岸へ向かいます。
重慶マンション
埠頭から少し歩いて有名な重慶マンションへ。ここは深夜特急に出てくる宿のモデルになった場所と言われています。

両替所で余らせていた台湾ドルを両替。

昔の香港の写真紛失してしまったので記憶ベースですが、もっと異国情緒があったような……。

九龍公園
そのまま歩いてすぐ近くの九龍公園へ。
ここは猿岩石の二人が中国ビザ待ちの数日を野宿しながら過ごした場所です。

記憶違いかもしれませんが、当時映像で見たものと結構雰囲気が違う気がします。

少し散歩した後、近所のカフェ「Espresso Alchemy」で少し休憩。アイスコーヒーは42香港ドル(約800円)。場所代込みとはいえなかなかの値段です。

九龍城跡
香港の九龍地区に位置していた九龍城(九龍城寨)は、かつて0.03平方キロメートルという極めて狭い区画に、最盛期には約3万3千人から5万人が居住していた高層スラム街です。元々は清朝の軍事要塞でしたが、イギリス統治下において中国の行政権が一部残る特異な地位にあったため、長らくどちらの法も及ばない空白地帯となりました。その結果、無計画に増築されたビルが迷路のように密集し、無免許の歯科医院や食品加工場などが多数操業していた事実があります。
1987年に香港政庁と中国政府の間で取り壊しが合意され、1993年から1994年にかけて解体工事が行われました。跡地は現在、清朝初期の江南様式を取り入れた「九龍寨城公園」として整備されています。園内には、かつての役所であり重要文化財に指定されている「衙門(ガーマン)」や、発掘された南門の遺構などが保存されています。
すぐ近くのバス停から1A路のバスで九龍城へ。運賃は8.2香港ドル(約160円)。
普通のスラムとかはあまり興味ないんですが、ここはイギリスと中国の政治体制の隙間にできた魔窟って感じで好き。両国どちらの統治も及ばない文字通りの無法地帯でした。

世界にはもう行けなくなった場所は数多くありますが、僕にとってはここの憧れが一番大きいな。実際残っていたとしてもちょっと怖くて行けないでしょうけど。

当時の模型。取り壊しが決まった時、日本の建築家や研究者のチームが徹底した測量調査を行って断面図を作ったとか。

公園の一角には当時の再現スペースもあります。

当時の九龍城では闇営業の歯医者がたくさんあったって話好き。
昔は素人が勝手に歯医者ごっこやってたのかと思っていましたが、実態は中国本土から逃げてきた正規の医者がイギリスの免許なしで営業してたってことらしい。


九龍城周辺を散歩しつつ、別の埠頭へ向かいます。前来た時はこっちの方に泊まってました。この辺の雰囲気好き。



サンフェリーで香港島 北角へ
九龍城側のフェリーターミナル「九龍城渡輪碼頭」から14時半過ぎのフェリーに乗り、香港島側の北角(ノースポイント)へ戻ります。
ここの運行はサンフェリーで、今は中国資本の傘下です。

タイムズスクエア
北角から二階建てトラムに揺られ、コーズウェイベイのタイムズスクエアへ。 木造の車体が「ガタガタ、ゴトゴト」と凄まじい音を立てて走ります。

並走する大通りのバス停は長い行列ができていますが、トラムは座れる程度でそれほど混んでません。トラムも1日に約14万人くらいは乗客がいるらしいので、ビジネスマンと地元の足で使い分けられてる感じでしょうか。
このタイムズスクエアの広場が猿岩石ヒッチハイクの出発点。しばらく周辺を散歩して四時ごろにはホテルへ戻りました

ビクトリア・ピーク
日が暮れて20時頃、再びホテルを出発。
近くの停留所からトラムに乗って山頂行きのピークトラム駅へ。以前来た時はタクシーで登ったため、この急勾配のケーブルカーに乗るのは初めてです。

ピークトラム往復と、山頂の展望台スカイテラス428のセットチケットで約2,600円。

トラムは行列を覚悟していましたがほとんど並んでおらず、次に来た列車にあっさりと乗れました。 最大傾斜角27度という凄まじい角度でぐんぐんと登っていきます。

この少し前にスペインでケーブルカーの脱線事故があったのでちょっと不安です。
無事に山頂に到着。多くの人はそのまま有料の展望台「スカイテラス428」へ向かいますが、僕はまず「ルガード・ロード(盧吉道)展望台」というところへ。
明かりの少ない遊歩道を15分ほど歩く必要がありますが、ここからの夜景は絶景。ビルの向こうにビクトリア湾がよく見えます。僕はこっちの景色の方が好き。


いちおう観光の義務としてピークタワーのスカイテラス428にも登ります。


しばらく夜景を堪能したあと、山を降りてまたトラムで帰りました。

明日は澳門へ移動します。

