ニイハオ!今日から一泊二日で福建土楼を観光します。
福建土楼とは
福建土楼(ふっけんどろう)は、中国福建省南西部の山岳地帯に点在する、客家(ハッカ)などの人々によって建設された集合住宅群です。
主に12世紀から20世紀にかけて建造され、外部からの防御を目的とした堅牢な土壁と、円形や方形の独特な形状を特徴としています。厚さ数メートルにも及ぶ外壁の内側には木造の居住空間が広がり、中央には祖堂を祀る中庭が配置されています。
一つの土楼には数百人が居住し、一族が共同生活を営むための機能が備わっています。その歴史的・建築的価値が認められ、2008年には46棟が「福建土楼」としてユネスコ世界遺産に登録されました。現在も多くの土楼で住民が生活を続けており、伝統的な暮らしが維持されています。
土楼の由来
福建土楼は単なる伝統的な建築物ではなく、一族の自営のための要塞です。しかもこれは戦乱期のような昔の話ではなく、中華人民共和国成立の1949年ごろまでは戦闘が起きていたらしい。意外と最近です。
客家の人々はもともとは中原(黄河流域)に住んでいましたが、戦乱を逃れて南へ南へと移動してきました。 しかし、たどり着いた福建省の平地にはすでに先住民が住んでいたため、彼らは険しい山奥を開拓して住み着くしかなかったのです。
当時の福建の山奥は「山高皇帝遠(山は高く、皇帝は遠し)」で王朝・政府の統治が及ばない無法地帯。そんな中で、地元の先住民や匪賊(武装した盗賊)、ひいては別の客家の一族から身を守るための要塞が必要でした。
普通の城壁は「都市」や「他人同士の集まり」を守るものですが、土楼が守るのは同じ身内の一族。城壁で囲うより、「巨大な家屋一棟に全員住んで、入り口を一つにする」 方が裏切り者も出ないし、統制がとりやすいということで今の形状になったそうです。
土楼の分布
福建省全体には大小合わせて3,000以上の土楼が現存していると言われています。そのうち、世界遺産に登録されているのは選りすぐりの46棟です。
土楼があるエリアは大きく二つに分かれています。
- 永定(えいてい)地区:規模が大きく、歴史ある土楼が多いエリアです。
- 高北(こうほく)土楼群:「土楼の王」と呼ばれる巨大な承啓楼があります。
- 初渓(しょけい)土楼群:最も山奥にあり、素朴な風景が残ります。
- 洪坑(こうこう)土楼群:「土楼のプリンス」振成楼があり、観光整備が進んでいます。
- 南靖(なんせい)地区:風景が美しく、ユニークな土楼が多いエリアです。
- 田螺坑(でんらこう)土楼群:有名な「四菜一湯」の景観が見られます。
- 雲水謡(うんすいよう)エリア:映画のロケ地で、和貴楼や懐遠楼があります。
- 河坑(かこう)土楼群:北斗七星の形に配置された土楼群です。
全部回るのは普通は無理なので、自分の行きたい場所を選ぶ必要があります。
僕は土楼が密集する初渓と田螺坑を中心に、周辺の土楼群を回ることにしました。
福建土楼への行き方
福建土楼周辺は世界遺産にも関わらず、公共交通機関が発達していない地域として有名です。
現地にはタクシーも少なく、頼みのDiDiもほぼ使えません(アプリ見た感じ永定付近に1~2台しかいない)。「有名スポットにはバイクタクシーが客待ちしてる」という情報も見ましたが、僕が回ったときはほぼ見かけませんでした。
土楼への行き方としては大きく以下の方法があります。
- 現地ツアー
- 公共交通機関
- チャーター車
現地ツアー
複数の土楼を一日で回りたいならツアーに参加するのが一番簡単です。外国人向け現地ツアーは(たぶん)ないので中国語になります。
公共交通機関
一部の土楼へは厦門から直通のバスが出ています。土楼間の移動は距離があり公共交通機関の本数も限られるため時間に余裕がある人向け。
百度地図ではルートの一部しか出てこないため、携程旅行(Trip.comの中国版)のレビューなど中国発の情報を自力で調べる必要があります。
公共交通機関のみで回る場合、難易度はこんな感じだと思います(25年9月時点)。
- 易: 厦門から直通バスあり
- 高北土楼群 (永定)
- 洪坑土楼群 (永定)
- 雲水謡 (南靖)
- 中: 高速鉄道→路線バス→観光バスに乗り換え
- 田螺坑土楼群 (南靖)
- 難: 公共交通機関がない
- 初渓土楼群 (永定)
チャーター車
お金はかかりますが自由に回れます。中国では車をチャーターしての観光は一般的で、携程旅行でも「包車」メニューでウェブ予約できます。
包車には時間制のほか、人気のある観光ルートを回ってくれるプランもあります。携程旅行で予約すると一日600元(約12,000円)くらいから。
最寄りとなる高速鉄道の南靖駅などには客待ちのドライバーもいて、彼らと直接交渉すればポータルサイトの手数料がかからないため更に安くなりそうです。
9/14 南靖地区
僕はツアーはなるべく使いたくないのでチャーター車を手配して回ることにしました。一日目は南靖地区を回るルートを携程旅行で予約して一日600元(約12,000円)。
明日の車は現地に行った後で様子をみて考えようと思います。
高速鉄道で南靖駅へ
チャーター車は南靖駅発で手配したため、自力で南靖駅まで行く必要があります。
高速鉄道の厦門駅から南靖駅までは一等車で約1,100円。9:06発の廈門行きの列車に乗車しました。
……いま厦門にいるのに厦門行きっておかしくない?と思ったら、厦門を出てから7時間ほどかけて周辺を回り、また厦門へ戻ってくる循環路線でした。これ一周乗ってみたいな。
列車は一時間ほどで南靖駅に到着。南靖の街は駅から離れているせいもあり、高速鉄道駅の中では結構田舎なほうじゃないでしょうか。

駅の出口でチャーター車のドライバーさんと合流して、土楼へ向けて出発です。

南靖の駅から土楼エリアまではだいたい60kmほど。土楼エリアに入るとその辺の村にも普通に土楼があります。観光客が全く来ないような謎土楼も多いのでしょう。
雲水謡
中国福建省南靖県に位置する雲水謡は、かつて長教と呼ばれていた集落です。2005年の映画『雲水謡』のロケ地となったことをきっかけに、現在の名称へと改称されました。村の中央には長教渓という川が流れ、その岸辺には樹齢数百年から一千年を超える巨大なガジュマルの古木が複数並んでいます。
中でも「和貴楼」と「懐遠楼」は、2008年にユネスコ世界遺産「福建の土楼」の一部として登録されています。和貴楼は沼地の上に建てられた正方形の土楼として知られ、懐遠楼は保存状態が極めて良好な二重環状の円形土楼です。
駅から一時間ほどで雲水謡に到着しました。入り口の遊客中心(旅客センター)でチケットを購入(90元、約1,800円)。
和貴楼
土楼の中に入って見学できます。

土楼の中央は、楼によりますが寺や倉庫、井戸、食堂、田んぼなどになっています。

土楼の一階には観光客向けの露天が並びます。二階より上は住民が住んでおり、洗濯物が干され生活感があります。
住民に多少お金を払えば上階に登れます。が、全部登っているとキリがないですし、無償で公開されている楼もあるので好きなところだけ入ればいいと思います。

村の中を歩いて次の観光スポットへ。村の中には主要なもの以外にも土楼が点在しています。



このガジュマルの下はドラマ撮影スポットらしく、多くの中国人で賑わっていました。

振成楼
ここは居住スペースではなく内部が博物館となっています。入場は別料金で20元(約400円)。上階にも上がれます。





懐遠楼


田螺坑土楼群
田螺坑土楼群は標高約788メートルの山腹に築かれて、中央に配置された方形の「歩雲楼」を、3つの円形土楼「振昌楼」「瑞雲楼」「和昌楼」と、1つの楕円形土楼「文昌楼」が取り囲む配置構成を持っています。この独特な景観は、現地の食卓に並ぶ料理に見立てて「四菜一湯(4つのおかずと1つのスープ)」とも呼称されます。
これらの土楼は主に黄氏一族によって建設されました。最も古い歩雲楼は1796年の建設ですが、周囲の土楼は1930年代から1960年代にかけて完成しており、数世紀にわたって拡張されてきた歴史を持ちます。
しばらく車を走らせて田螺坑にやってきました。道路に設置されたゲートで入場料を払います(90元、約1,800円)。
さらに少し走り、村の上側の展望台に着きました。雲水謡は村の中に土楼が点在している感じですが、こっちは土楼=村って感じです。
かつてアメリカのCIAが衛星写真を見て「中国の山奥に大量のミサイル基地がある!」と大騒ぎになり、現地にスパイを送り込んだという都市伝説があります(公式な記録はない)。
周辺の棚田と土楼の密集具合いいな。奥の楼が楕円形になっているのは、土地を広く使うためとか風水的にちょっと崩したとか理由があるそうです。

中央にある四角形の歩雲楼は1936年に匪賊に焼かれて全焼し、その後しばらくして再建されたそう。日中戦争直前の混乱期で治安が相当悪かったようですが、賊が村を焼き討ちしてくるとか怖すぎます。
展望台は村の下側にもあります。田螺坑土楼、上から見るか、下から見るか。

これらの楼はすべて中に入って見学できます。遠目だと密集して見えますが、土楼間は隣接しておらず少し歩きます。
楼の中を見学していると、物売りの人がお菓子やお茶、タバコなんかを勧めてきて、プロっぽい角度で写真も撮ってくれます。買わなくても何も言われないので、客引き半分、親切半分な感じ。
昔はこういうのはガン無視でしたが、今はなるべく何か買うようにしています(いいカモです)。

姜糖(ジャンタン)という生姜の砂糖漬けみたいなお菓子。食感はキャラメルみたいな感じで最初は甘く、噛んでいくと辛くておいしい。山間部では体を温める食べ物として伝統的に食べられているそう。

裕昌楼
中国福建省南靖県に位置する裕昌楼(ゆうしょうろう)は、1308年の元代に建立された円形土楼です。現存する福建土楼の中でも最古かつ最大級の一つとして知られ、高さ約18メートル、5階建ての構造に約270の部屋を有しています。
裕昌楼の最大の特徴は、内部の木造柱が大きく傾斜している構造にあります。3階の柱は右方向へ、4階の柱は左方向へと、最大15度もの傾きを見せながらも、700年以上の歳月を倒壊することなく耐え抜いてきました。この特異な姿から「東倒西歪楼(東に倒れ西に歪む楼)」という異名を持ちます。
田螺坑から少し離れていますが、同じ入場券で入れます。
もともとは5つの氏族で運営されていたものを、長い年月を経て劉氏が他の氏族から持ち分を買い取り、現在は劉氏一族が単独で暮らすようになったそう。

裕昌楼の柱が傾いている理由として、最も有名な伝説は「施主(劉氏たち)と大工の棟梁の争い」です。建設当時、村人たちが大工たちへの食事の提供を粗末にしたため、怒った棟梁がわざと柱の接合部に隙間を作ったり、寸法を狂わせて柱が傾くように細工したと言われています。

手抜き工事だったのに傾きつつも700年残っているというのはすごい。今の中国のビルはすぐ壊れるのにな……。
この辺から結構強い雨が降り始めました。山間部なので天気は崩れやすいようです。
田螺坑土楼群に宿泊
今日の宿は田螺坑土楼内に取っているため、田螺坑へ戻って降ろしてもらいます。
宿は「南靖土楼文昌楼民宿」で、Trip.comで予約して一泊約2,300円。その名の通り、文昌楼の一室に泊まる感じです。
文昌楼の中で宿の入り口というか部屋がわからず、その辺の人に聞くと二階に連れていかれ10元請求されました。……これ、土楼に登りたい観光客と勘違いされてるな。

結局、宿に電話してなんとかチェックインできました。部屋は三階で、階段や廊下を歩くと床がギシギシ音がします。
部屋の中はこんな感じ。シャワートイレは共用で、シャワーは1Fの土楼内、トイレは土楼外にある公衆トイレを使います。

宿のお母さんは文字が読めないよう。ですが、細かいやり取りは息子さんとWeChatでできます。
夕食は楼の一階でキクラゲの卵とじと豆腐のスープを注文。キクラゲは福建省の山間部の名産で、豆腐は客家料理でよく使われるため地元の家庭料理って感じでしょうか。

夕方を過ぎると観光客もいなくなり、小雨のせいか住人の出入りもまばらに。言葉もほとんど通じないし明日の予定もはっきりしないという不安で、「異世界に来たらこんな感じなのかなあ」とか考えていました。





土楼内の生活スペースは基本的に縦で割っているそう。散歩から戻ると、隣に住んでいる一人暮らしのおじいちゃんが四階というか屋根裏の寝室に上がっていくところでした。
楼内はどこも高齢化が進んでおり、若者たちは都会に出てしまうらしい(もっとも一族間の繋がりは強く年始とかにはみんな集まるそう)。そうして空いてしまったスペースが宿として貸し出されているようです。
9/15 永定地区
朝6時過ぎ、隣のおじいちゃんが廊下で調理をする音で目が覚めました。夜は冷えたせいか、風邪というほどではないものの喉が痛い。
今日はチャーター車で永定土楼のほうを回ります。
土楼周辺には客待ちがいなかったため、昨日時点でチャータータクシーの手配を宿にお願いしておきました。
田螺坑から初渓へ行き、高北で降ろしてもらうという半日くらいのコースで360元(約7,200円)です。
初渓土楼群
初渓土楼群は徐氏の一族によって数世紀にわたり形成され、渓流沿いの斜面に5つの円形土楼と数十の方形土楼が密集して配置されているのが特徴です。
なかでも集落の中心的存在である「集慶楼」は明代の永楽17年(1419年)に建設され、現存する永定の円形土楼の中で最も古い歴史を持ちます。この建物は釘を一本も使わずに木造の梁と柱を組み合わせた構造で、各世帯が独立した階段を計72本も設置している点が他の土楼とは異なる構造的特徴です。
営業時間が8時半ということで、田螺坑を7時半に出発。初渓までは車で一時間ほどと思ったより時間かかります。
入口でチケットを購入、65元(約1,300円)。公共交通機関もないド田舎ですが、景区としてきれいに整備されています。



集慶楼
内部は博物館のようになっていて上階にも登れます。管理人?的な人が一人二人住んでいるよう。
屋根の上には落花生や唐辛子、果物などが干されていて、昔の土楼……というか生活感のない物語の中の土楼みたいな雰囲気でノスタルジーがかき立てられます。


周辺の土楼にはペットの犬や猫もいてそれなりに豊かなよう。どうも観光収入を一族で分配するシステムがあるらしい。

高北土楼群
高北土楼群は客家土楼の代表的な集落で、中でも「土楼の王」と称される承啓楼は清代の康熙年間から半世紀以上をかけて建設され、1709年に完成しました。
直径73メートル、4階建てのこの巨大な円形土楼は、中心に向かって4重の同心円状に建物が配置されており、全盛期には80家族以上、約600人が居住していた記録が残っています。集落には承啓楼のほか、四角い形状の世澤楼、11人の博士を輩出したことから「博士楼」と呼ばれる僑福楼、最も歴史が古く「不倒楼」の異名を持つ五雲楼などが点在しています。
入場料は50元(1,000円)。あとは公共交通機関で行けそうなので、ここで運転手さんと別れます。
承啓楼
地域最大級の土楼で、その400部屋という規模と複雑な構造から土楼の王と呼ばれています。直径だけなら数メートル大きいものが他にあるらしい。



郊外バスで厦門へ
この後は洪坑土楼群を回るつもりでしたが、ちょっと体調悪くなってきたため帰ることにします。
高北土楼群近くの高斗停留所から厦門行きのバスが出ています。停留所の場所はあらかじめ運転手さんに教えてもらっていましたが、時刻表がわかりません。
その辺の人に聞くと、集落内にバスチケット売り場(を兼ねた売店)があるということで向かいます。
売店の壁に時刻表が張り出されており、厦門行きは一日三便(8:00、12:50、14:50)。それ以外にも高速鉄道 龍岩駅行きのバスが一、二時間に一本ほどあるため、高北や洪坑からなら帰れなくなることはなさそうです。

売店で次の厦門行きのチケットを購入、12:50発で60元(約1,200円)。
近くの食堂で昼食を食べ、時間になったので売店の人と一緒に高斗停留所へ向かいます。すでに停留所で待っていた乗客には売店の人がチケットを売ってくれます。ですので、時刻表がわかるなら停留所で待っていればいいです。

バスは13時過ぎくらいに到着。洪坑土楼発のバスに途中乗車する形なので、時刻表は洪坑側の出発時刻なのかもしれません。乗車率は6-7割くらいでした。

バスは二時間半弱で厦門に到着。
バスターミナルまで行くかと思ったら、その辺のよくわからない路上で降ろされました。
まあ厦門ならDiDiが使えるので、福建土楼と違って移動の心配をする必要はありません。DiDiのありがたみを感じつつホテルへ帰りました。
明日は高速鉄道で香港へ向かいます。

