サバイディー!ルアンパバーンからポーンサワンへ移動し、巨大な石壺(ジャール)が点在するジャール平原をバイクで観光します。
ルアンパバーンからポーンサワンへ移動
陸路で行く場合、一日に何本かミニバンがあるようです。
僕は朝8時発のチケットをホテルで購入し450kキープ(約3,300円)。ミニバンが発車する南バスターミナルまでの送迎がセットになっています(バスターミナルで直接チケットを買えば350kキープ)。
朝7時過ぎに迎えにきたソンテウに乗って南バスターミナルへ。

ターミナルに着くと運転手さんが窓口でチケットを買ってくれます。事前に電話とかで予約してるわけじゃないんだな。

ミニバンは8時半ごろ発車。
一応舗装路ではあるんですが舗装が大きく剥がれており、たまに体が飛び跳ねるくらい揺れます。
事前に相当な悪路と聞いていたため、普段は使わない酔い止め(現地で買ったMomvinaというやつ)を飲んでおいて正解でした。

14時半ごろにヴァンビエン方面との分岐の町Phou Khounで昼休憩です。
分岐以降は曲がりくねった未舗装の悪路をひた走り、19時ごろにポーンサワンに到着。あたりはもう真っ暗です。

チケット買った時にポーンサワンまで7時間と聞いていたのですが……僕は7時間じゃ絶対着かないと思ってたのでいいんですけど、同乗してた中国人が午後に予定入れてたっぽくてかわいそうでした。
泊まったホテルは朝食付きで、オーナーのおじさんと一緒に屋台に食べに行く形式です。

ポーンサワンでのバイクレンタル
「Laos Highlander Travels」という店でスクーターを借りて、一日250kキープ(約1,830円)。

ガソリンは自分で使う分だけ入れる方式です。
イラン戦争の影響かガソリンスタンドは結構並んでいます。この時は朝イチだったのでまだマシで、午後には二十人くらい並んでいました。

ラオスではガソリンの販売価格は政府が統制しているため、卸値が上がって売っても赤字になる場合はスタンドを閉めてしまうらしい。結果、数少ない営業中の店舗に人が殺到しているようです。
ですのでガソリンの在庫がないわけではなく、価格統制の影響を受けない個人商店では便入りのガソリンを(割高だが)買えます。
ジャール平原を観光
ラオス北部のシェンクワーン県に位置するジャール平原(Plain of Jars)は、2019年に「シェンクワーン県ジャール平原の巨大石壺群」としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。この遺跡群には、高さ1メートルから3メートル、重さ最大6トンに達する巨大な石製の壺が数千個にわたり点在しています。
これらの石壺は、紀元前500年から紀元500年頃の鉄器時代に造られたと推定されています。多くは砂岩を削って作られており、約10キロメートル離れた山中の石切り場から切り出されました。近年の発掘調査では周辺から人骨や土器が出土しており、考古学的には葬儀に関連する施設や骨壺として使用されていたと考えられています。
なお、この地域はベトナム戦争時の爆撃による不発弾が残されているため、現在は不発弾撤去が進められ安全が確認された複数のエリアのみが一般公開されています。
ジャールは一ヶ所に集中しているわけではなく、90ヶ所以上のサイトに分かれて平原全体に散らばっています。
うち、不発弾の撤去が進み観光客が安全に回れる主要スポットは「サイト1」「サイト2」「サイト3」の3つ。いずれも街から離れた場所に点在しているため、バイクかタクシーチャーターが必要です。
サイト1
一番街から近く大規模なサイトで、ラオス人観光客で賑わっています。
入り口のオフィスでチケットを購入。35kキープ(約260円)。
オフィスからサイトへはバイクで行けるほか、観光カートも出ています。

僕はバイクで中まで行けることを知らず、チケット買うために一瞬駐車場に停めたら駐車場代5kキープ取られました。
サイト1の中だけでも結構広く、特にジャールが多いのはグループ1と2。観光客はだいたいここだけ見て帰ってました。

丘の周辺にジャールがゴロゴロと転がっています。大きいもので人の身長くらいあるので結構迫力がある。

ジャールが作られた当時は真っ直ぐ垂直に建てられていたと考えられているようだ。今の雑然とした感じもいいですが、ジャールが整然と並んでいる風景を想像すると厳かな感じがします。


平原には爆撃でできたクレーターが点在しています。

この周辺はベトナム戦争時に北ベトナムへの補給路(ホーチミンルート)になっており、アメリカ軍のセカンダリ・ターゲット(爆弾のゴミ捨て場)に指定されていました。
当時の爆撃機は重い爆弾を積んだままだと安全に着陸できないため、ベトナムでの爆撃作戦が天候不良などで中止になったり爆弾が余ったりした場合はこの周辺に爆弾を捨てていったらしい。とんでもないことするな。
ジャールが割れているのも爆撃によるものが多いそう。

小さな丘を越えてグループ4へ。平原の景色が綺麗。この辺まで来る人はほとんどいません。

サイト2
しばらく郊外へバイクを走らせサイト2へ。

チケット売り場の見た目がだいぶしょぼくなりました(30kキープ、約220円)。

他にいたのはチャーター車のフランス人が一組だけ。
観光客も少なく木漏れ日の下で落ち着ける雰囲気です。

さっきのより細長いのが多い。

サイト2で十数枚見つかっているという蓋。ジャールは埋葬用のものと考えられていますが、これまで遺体は見つかっていないそう。

サイト3
チケット売り場がさらにボロくなり木の掘建て小屋になりました(写真撮り忘れた) 。
窓口に誰もいないのでキョロキョロしていると、遠くから売り場のおばちゃん(村人)が走ってきました(30kキープ、約220円)。

サイト3はここから田んぼのあぜ道を少し歩いた先にあります。外を歩くのは暑いけどローカル感あっていいな。

他のところより壺の密度が高く、角張ったものが多い気がします。

どこか一ヶ所に集中しているわけではなく、広範囲にサイトが点在しているのは不思議だなあ。ジャールは異なる部族や集落ごとに作られ、数百年かけてじわじわと広がっていったと考えられているそう。
一説にはベトナムやインドの埋葬方式とのつながりも指摘されているらしくロマンがあります。
街に戻って昼食。カオ・ラート・ナー(Khao Rat Na) というラオス風の餡かけご飯(45k、約330円)。

明日はラオス秘密戦争時にCIAが作った極秘の軍事都市、ロンチェンへ向かいます。

